AGURI UCHIDA

画家、内田あぐりのブログ

私の福生 1978

 

1976年頃から住んでいた福生の米軍ハウス(ジャパマハイツ)の庭で、1歳の娘と一緒に撮った写真。

後ろの家は住んでいた米軍ハウス、家と庭は100坪くらいあったかしら、リビングが25畳以上に3ベッドルーム、キッチンが4畳くらい、10畳くらいのコンクリの土間、それに広い庭と、アメリカ式の合理的な間取りは制作と住処には最高でした。家賃は3万円くらいだったかしら。キッチンの引き出しを開けると、いきなり大きなネズミが飛び出してきたり、雨の日には部屋の壁から水滴がぼたぼた流れてくるようなチープな作りだったけれど、それにお金もなかった、ときどき電気代を滞納して電気を止められてローソク生活なんて、ロックな暮らしをしてたのですね。それでも庭には草花や桜の苗を植えて畑を耕して野菜を育てたり、薪ストーブを使ってたのでチェーンソーで大きな木を切ったりと、たぶんチェーンソーの使い方は誰にも負けないと思う。他にも色々と数え切れないくらいな思い出があって、今までに暮らした中で一番好きな家なのです。そしていつも思いっきりな笑顔してる名前がグリコという雑種犬も飼っていました。

福生は私の原点でもあるのです。

 

隣のハウスにはRCサクセションのバンドが住んでいて、朝から晩までいつも練習をしていました。RCの忌野清志郎三浦友和は国立高校の同級生だったのですね、百恵ちゃんと結婚する前の時期に三浦友和もよく遊びに来てました。

 メンバーの一人が絵を描いているところを見せてくださいと家に来て、しばらく私の絵を描くことを眺めていました。帰り際に一言、「絵を描くって辛いですよね、音楽をやってて良かった」と言って帰って行きました。

後でわかったことだけど、彼、忌野清志郎だったそうです。この思い出、私の人生の中での唯一の宝物。

 

この写真、どこに行ったかと思っていたら娘がずっと大切に持っていたらしくて、昨日返してもらったのです。

 

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